茅野市はユニークな鏝絵が多く残っている街です。同市安国寺で、これを目にした時も何が描かれているのか考え込んでしまいました。
牛の背に乗った童子が横笛を吹いていますが、後方に雪を被った険しい山肌が見えますし、牛は草のない岩肌が剥きだした山の坂道を降り下っているようで川水を飲みたがっているような図になっています。
牛、童、横笛をテーマにして描いているには、のどかさを感じません。
調べて、ようやく分かりました。
「十牛図」という禅画があります。禅宗で修行生活のはじめから悟りにいたる道筋を、牧童が逃げた牛を探し、家に連れ帰るまでをストーリーにして禅の教えを説いているという絵画です。
「十牛図」の中の第六図に「騎牛帰家」と題する場面があり、ようやく捕えた牛の背に乗り家路へ向かう童が横笛を吹いている姿があります。
ここの蔵を仕上げた左官職人が最後の仕上げとして、騎牛帰家を鏝絵に描いて遺したものです。
背景の雪を被った険しい山、岩肌が剥きだし山道に世の中の欲望や争いごとを表し、そんな世にあっても平穏な心を持って生きていくことをこの鏝絵は願っているようです。
さまざまな鏝絵を見てきて、驚くことがたびたびあります。鏝絵を描く左官職人さんは道教や仏教、説話や民話などに長けていて、実に博識なことです。そして、その心をよく理解し描ききることに優れていることです。
仕事の合間に盛んに学んでいたことでしょう。でなければ、こんな作品を遺すことなどとうていできなかったことだろうと思います。
この鏝絵を見てから、どこかで同じ絵を見たことがあったことを思い出しました。松本市の老舗宿に泊まった時、あまりに床の間の雰囲気が良かったことから写し撮っておいたファイルにありました。
掛け軸に描かれているのは、騎牛帰家ですね。
* 十牛図について詳しく書いたサイトがあります。こちらです。
* 山水画の雪舟が十牛図を遺しています。こちらのサイトで見ることができます。