むかし、ある日の夕暮れ、岩州(いわす)の峰道を一人の猟師が、道に迷って歩いていました。会田の猟師、佐助でした。佐助は腕のいい猟師で、いつもは山鳥を少なくても十羽は取る名人でしたが、この日は朝早く家を出たのに一羽も獲れません。
それどころか、山深く入ってしまい帰る道が分からなくなってしまったのです。佐助にとって、道に迷うということは初めてのことでした。
(むかし、この周辺の猟師が使用していた銃と弾丸=穂高郷土資料館蔵)
「西へ西へと向かってきたんだから、東へ行けば善光寺街道へ出るはずだ」と考え、気を取り戻して東へ向かって歩き出しました。すでに夕闇になっていて、後ろの方からフクロウが鳴きました。
一日中、とび歩いたせいか、さすがの佐助も疲れを感じ、思い通り急げません。腹も空いて、なんとかこの山の中から抜けだしたい一心でした。
しかし、行けども行けども善光寺街道は現れません。本当にこの方角でいいのか、不安になってきました。
佐助は、今来た道と前に続く道をなんども見ては、このまま進むか、引き返すか迷っていました。そのとき、前の木陰に提灯(ちょうちん)のような灯りが見えました。「こんな山の夜道で人に出会うなんて…」と佐助は、うれしく思いました。
提灯の明かりのなかに見えたのは、娘の顔でした。「善光寺街道へ行くには、この方向でいいですか」とたずねると、娘は「そうです。わたしも行くところです」といい、一緒に向かうことになりました。
これでやっと家に戻れると思うと、元気がでてきました。娘の後に、佐助は続きました。しかし、娘はどんどん先を歩き、佐助との間が離れていきます。佐助が一生懸命歩いても、なかなか娘に追いつくことができません。佐助は、ここで離れると、また道に迷うと思い小走りして娘の後について行きました。
やがて、あの大きな足音が止りました。前を見ると、娘の姿がありません。そして、近くの岩の上に山姥(やまんば)が立って、ニヤッとし大きな舌で、舌なめずりをしていました。
(利助を襲った山姥は、このような形相だったのでしょうか?=有明山神社裕明門)
山姥が娘に化けて自分を襲うため連れまわしたのだということを、とっさに判断し、背に担いでいた鉄砲を下ろし、山姥めがけて撃ちました。しかし、山姥はびくともしません。それどころか、利助に迫って来ました。
そのときです。暗闇の中から山犬が飛び出してきました。そして「提灯を撃て」と、山犬が佐助にいいました。山姥は、あの足の速さで利助のすぐ近くまで来ていました。そして、佐助に飛びかかろうとした瞬間、佐助も提灯めがけて鉄砲の引き金を引いていました。
(山犬も想像上の動物ですが、狛犬像などにその姿が描かれているものがあります。この像は、山犬の精悍な風貌を表しています。=岐阜県下呂市の狛犬博物館蔵)
「ズドーン」。周りの山に銃声がこだましました。そして、佐助の足もとに大きな岩のようなものが転がって来ました。よく見ると、血を流した大きなタヌキでした。山姥の正体は、古ダヌキだったのです。
佐助は、山犬に助けられた後、その山犬に導かれて善光寺街道に出ることができました。しかし、街道が近くなった辺りで、山犬の姿が佐助の前から消えてしまいました。
(娘の姿から山姥に変身して佐助を襲ったのは、タヌキだったということです=大町山岳博物館所蔵の標本)
その後、無事に家に戻った佐助は、あの山犬は山の神のお使いだったのではないかと思うようになりました。そして、山犬に助けてもらった岩の上に山の神の祠を建て、祀りました。
* 『 明科の伝説 岩穴をほった竜 』(降幡徳雄著)を参考にしました。