北小倉の白山神社境内の左の奥に、岩に囲まれた小さな池があります。この池の水かさは、どんな長雨の時も日照りの時であっても一定していて、ほとんど変ったことがないそうです。
しかし、この池の水に石を投げ入れたり、かき回したり、水を汲み出したりすると、きまって雨が降ると言い伝えられています。
むかし、その年は春から何日も雨が降らず、日照りの毎日が続きました。せっかく植えた田んぼの稲や作物が茶色になって枯れはじめ、村の人たちは飲む水にも困っていました。
あちこちの神社やお寺にお参りして雨乞いをしましたが、いっこうにききめがなく人びとは空を見上げては、ため息をついていました。
もう一度、雨乞いの相談をするということで、村の衆が集まりました。「これまで、いろいろお願えしてきたが、もう最後の雨乞いをするしか方法はねえ。むかしから伝えられているお池をかき回してお願えするしかあるめえ」と、万蔵じいが声をしぼるようにしていいました。
すると、ひょうきん者と村の人たちが噂する重吉が「そりゃ、おもしれえ。そいつは、おらがやるわい」と、さっそく引き受けました。一日でも早くやろうということになり、二日後に最後の雨乞いをすることになりました。
その日が来ました。神主のおはらい、祝詞(のりと)と進み、いよいよ池をかき回す番になりました。重吉は神主から池をかき回す棒を受け取りました。 「南無、白山大権現、雨降らせたまえ」と大声をあげて、エイッ、エイッと池をかき混ぜはじめ、なんどもなんども繰り返しました。
無事に雨乞いは終わったのですが、一日経ち、二日経っても雨が降る気配は、いっこうにありません。「ありゃどうも、かき回し方が足りねえぞ」「重吉はひょうきん者だで、神さまもバカにして降らしてくれねえぞ」と、陰口さえささやかれ始めました。
これが重吉の耳にも入りました。「クソッ、おらのことバカにしやがって。見ておれ」と怒って家の手桶を持って白山社へ走って行きました。そして、池の水をどんどん汲み出し始めました。
「雨降れ、雨降れ、権現さま。それ降れ、それ降れ、権現さま」と掛け声をかけながら、汲み出します。水は境内を通って鳥居の方へと流れていきます。
(重吉が怒りにまかせて池から汲み出した水は、石灯籠の向こうから鳥居まで流れ出したということです。相当長い距離です)
なおも重吉は汲み出すのを続けましたが、そのうち「おかしな池だな、いくらけえ出しても、ちっとも減らねえぞ」と不思議がり、池をのぞき込んだのですが分かりません。色の水面は何もなかったかのように静かでした。
そのうち、重吉が池の水をかき出しているとの話を聞いて、村の人たちが駆けつけてきました。その中に万蔵じいもいました。「ふーむ。不思議な池だ。あれだけ、けえ出しても水がちっとも減っていねえ。重吉さやい、明日もやってくれるか」というと、重吉は「ああ、あしたも、あさっても、雨が降るまでやるわい」といって、さっさと家へ引きあげました。
(雨降り池の周りは、今も松などの大木が生い茂り、うっそうとしています)
ところが、その夜になって、ゴロゴロと耳をつんざく大きな音が響き、ピカーッ、ピカーッ 、ピカーッと稲妻がなんども光り、大粒の雨が突如落ちだし、やがてザーザーとすごい勢いで降りだしました。
重吉はあわてて外へ飛び出すと「雨だ、雨が降った!権現さま、ありがとうごぜえます、ありがとうごぜえます」と空に手を合わせ、なんどもお礼をいいました。
村の人たちは「やっぱり、池の言い伝えは本当だった」と話し合ったと言います。今もこの池は、松の木がうっそうと茂った中にあって、岩と岩とにはさまれた水面は青黒く光って浮き上がって見えるそうです。
* 『あづみ野 三郷の民話』(平林治康著)を参考にしました。