赤レンガ建造物を尋ねて-7   味噌・醤油醸造所の煙突(松本市)

信州では戦国時代の武将・武田信玄が農家に奨励したことで味噌づくりが盛んになったと言われ、現在でも 全国の生産量の3分の1強を占めています。

安曇野から松本にかけての一帯も、昔から味噌や酒づくりが盛んでした。古い酒蔵や味噌醸造所などには高くそびえる煙突がつきものですが、赤レンガ煙突が松本市里山辺にあります。

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店の奥さんの話では、江戸時代は名主を務めた家柄だったそうで、味噌醸造を始めたのは明治期になってからで現在で3代目になるといいます。

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煙突の高さは測ったことがないので分からないといいますが、目測で13mほどでしょうか。初代の頃から赤レンガ造りの煙突があり、初めはもっと高かったそうです。

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しかし、2代目になったときに「鉄骨が入っていなかったため台風が来て崩れ、急ぎ復旧したのでかなり低くなった」といいます。「室戸台風(昭和9年=1934年)では大丈夫だったのですが、その後の台風でやられた」とも。

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ところで、現代は味噌や酒の醸造所を見ても高い煙突がありません。米、大豆などの原料を蒸したり、もろみを蒸留させたり、殺菌などに使う燃料はガスなどを使うことが多く無煙のため、煙突は不要になりました。

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昔はボイラーの燃料として石炭を使用していて、大量の煙を逃がす為に高い煙突が必要だったわけです。こちらでは、灯油を燃料として使っているので今でも赤レンガ煙突は現役で働いているということです。

昔も今も、高い煙突は醸造業のシンボルであると同時に広告塔の意味もあります。

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不必要になったから解体すると言っても費用もかさむわけですから、老朽化が進んで危険でない限り、できればこうして残してもらいたいものです。

 

 

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