上人さま~穂高・柏原

穂高・柏原に上人(しょうにん)さまと呼ばれる塚があります。この塚にまつわる話です。

ある年の春のはじめ、人びとが田起こしをしているころでした。粗末な衣を着た旅のお坊さんが野の道を歩いていました。草花を摘んでは草のつるで編んだ袋に入れています。このお坊さんは、国のあちこちを歩きながら薬草を探して旅をしていた人でした。

037  (お坊さんはこうした袋に摘んだ薬草を入れて旅していたのでしょう=大町山岳博物館蔵)

お坊さんは、この柏原に来たとき、美しい山と緑にあふれたこの土地がすっかり気に入り、村の人に頼んで荒れ果てた庵(いおり)に住まわせてもらうことにしました。

お坊さんは、村の人のために、朝夕、お経をあげ平穏に暮らせるようお祈りしました。また、庵の周りに薬草として使う草花を、あれこれと植えていきました。

村の人たちは、「うちのじさまは半年も病んでいて、ちっともよくならねえが」 「あかんぼうが夜泣きして困ってるだ」などといっては、お坊さんのところへやって来ました。すると、お坊さんは、いやな顔ひとつ見せず薬をあげたり、背中や足をもんだりして治してくれました。

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また、身寄りのない子どもを引き取り、「お小僧」として育てたり、病人のいる家があると、その家の水くみや田畑の仕事までその小僧さんを差し向け、手伝わせました。

村人たちはありがたがって、このお坊さんをやがて「上人さま」と呼ぶようになり、庵を新しく建て替えて上人さまと小僧さんに住んでもらいました。

そうして上人さまが柏原で過ごすようになって数年経ったある年、秋の収穫を祝う祭りの日が来ました。子どもたちは、朝早くからワイワイいいながら遊んでいました。

お祭りに呼ばれてきた役人がやって来ました。そのとき、一人の子どもの投げた棒が役人の額に当たってしまいました。

「無礼者、なにをするのだ!」役人は、青すじをたてて怒りました。「この子の親はどこじゃ!」親が名のり出て、許しを請いましたが役人の怒りは収まらず、カンカンになって帰って行きました。

「えれえことになっただ。このままじゃきっと、済まされめえ。なにか村におとがめがありそうだんね」と、口々に心配し頭を抱え込んでしまいました。そのとき、上人さまは落ち着いた声で「心配なさるな。わしに考えがある。まかせなさい」といい、祭りを続けさせました。

次の日、上人さまは、自分が子どもの身代りになると、役人に申し出ました。生き仏になって人びとが幸せに暮らせるように祈願しようと心に決めたのでした。

寒い朝でした。上人 さまは、村の人たちのために最後のお経をあげると、小僧さんに手伝わせてひつぎの中に座りました。 「なむあみだぶつ、なむあみだぶつ」。村の人たちは、涙を流しながら唱え、ひつぎにふたをして上人さまを生き埋めにしたのでした。

その後、村の人たちはその塚を「上人さま」と呼び、永く上人さまの功徳(くどく)を語り伝えました。また、この塚の上で足踏みすると、ゴトゴト音がするので「ごとごと山」とも呼ばれたそうです。

 

* 『 あづみ野 穂高の民話 』(安曇野児童文学会編 )を参考にしました。

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