南からの風が夜になってもやまず、雨と一緒に強く吹きつけていた日でした。佐平のおかみさんのさきは、風邪をひいて具合が悪いので、夕飯をすますと奥へ行って早々に寝床に入りました。
風が吹くたびに雨戸がガタガタ鳴り、すきま風がさきの顔のあたりをなでるように吹きぬけていきます。「えらい風だわや。うるさくて眠れりゃしねえ」といって寝返りをした時、ヒューとひときわ強い風が吹き込み、障子がゴトゴトと音をたてました。「おやっ、雨戸が倒れちまったずらか」と思い、起ち上がろうとしました。
(強風が吹くたびに、雨戸や玄関口がガタゴト音を立てていた夜に…=穂高・新屋の曽根原家住宅)
すると、障子がスウーッと開きました。そして、暗い部屋の中に真っ白い着物姿が浮かび上がったかと思うと、後ろ手で障子を閉めると、その白い影が音もなく近づいてきました。さきは「だれだい?それになんだい、そのかっこうは」と、怖いのをこらえながら声をだしました。
「これっ、お内儀や、静かになされい。わしは諏訪明神じゃ。そなたがあまりにも美しいので、そっと忍んできたのじゃ」「なんだってい、明神さまだって。そんなばかなことが、あるもんかい、神さまがこんなとこへ来るはずがあるかい」と、さきがいうと、起きていた佐平の声がしました。
「おい、さきや、誰かそこにいるだかや。話し声がするだが…」「明神さまだって言う人がここに入って来てるだ」と、大きな声で答えました。「なにっ、明神さまだって…」と、佐平は障子を開けました。
(白装束の明神さまは、舞台の先の階段を上って拝殿に逃げ込んだのでしょうか)
白装束(しろしょうぞく)は、さっと飛びのくと障子と雨戸をあけると、風が吹きつける闇の中へあわてて逃げていきました。暗闇の中にひらひらと白い着物をなびかせて走っていく後を、「待てえー」といいながら、佐平は追いかけました。
ぶどう畑の中に駆けこんだ白い着物の男は、突然、「うわあー」と大きな声をたてて、その場にうずくまりました。しかし、佐平が近くまで追いかけてきたことを知ると、また走りだしました。
佐平が見失うまいと、なおも後を追うと南小倉の神社の中に入って行きました。「こりゃ、ほんまに明神さまがさきのところへ来たちゅうことかいな」と思って拝殿に入って行きました。そうすると神棚から「佐平や、わしはブドウの枝で左の目を突いてしまった。ブドウは怖いのう」と、声が聞こえました。
(諏訪神社拝殿の内部。明神さまの声はどの辺りから聞こえたのでしょうか)
「やっぱり明神さまだったのかい。こりゃ、おどけたもんだ」「そうじゃ、わしがよこしまな心を起こしたばっかりに、罰が当たってしまったわい。許してく
れ」といいますので、佐平は「神さまでも罰が当たるとは知らなんだわい。まあ、でえじにしておくれや」といって家に帰りました。
佐平は家に戻ってから、さきにこの話をしました。「明神さまが、おらのところへねえ、おどけたもんだいね。それにしても、ブドウの枝で目を突くとは神さまも困るずらいね」「そうさ、片目の神さまになっちまったいなあ」。二人はそう話していました。
(小倉地区は、長野県でも有数のリンゴ生産量を誇ります。また「安曇野りんご」は全国ブランドになっています)
それからどうしたわけか、その年、ブドウを作っていた畑は、実が熟する前に全部落ちてしまい、収穫がありませんでした。村の人たちが集まるとブドウがだめだった話をしていました。
佐平は、明神さまがおしのびでさきのところへ来て、罰があたったなどということはいえませんでした。そのかわり「おらが明神さまにお参りに行ったら『ブドウ畑で目を突いて、えらい目にあった』と言ってたで、きっとそのたたりかもしれねえ」といいました。
そんなことがあってから、村の人たちはブドウを作るのをやめて、リンゴを作るようになったということです。
* 『あづみ野 三郷の民話』(平林治康著)を参考にしました。