広い庭の奥まったところにある蔵に、遠目から鏝絵らしきものに視線が止まりました。家人に許しを得て蔵にまわったところ、すばらしい鏝絵に巡り合えました。蔵の4面に鏝絵が描かれているのです。
入り口の胴に迫力ある龍が踊っています。龍は雲を呼び、雲は雨を降らすことから火除けの祈願を表しています。
左側の妻に二股大根とネズミの絵柄です。ネズミは大黒さまの使いで神獣とされます。
二股大根は大黒天や歓喜天(聖天)を祀っている神社などにお供えされることがあります。米俵に乗った大黒さまは男性のシンボルを、そして二股大根は女性の下半身を表して夫婦和合、子授け、子孫繁栄を願った信仰があり供物として供えるわけです。
また農村では、二股大根もネズミも子孫繁栄に加え、田畑の神に五穀豊穣を願って飾られた風習があります。
裏手の庇の下にブドウです。ボタニカルアートのような写実的な仕上がりです。
ブドウの蔓や房状になるたくさんの実に子孫繁栄の願いを込めています。
そして右壁の妻に猩々(しょうじょう)です。猩々は中国での想像上の妖怪で、人の言葉が分かり、酒が好物で顔はいつも赤ら顔、体毛まで紅色をしているといいます。
日本に伝来してから猩々は、大酒飲みでどれだけ注いでも尽きることの無い徳利を持ち、幸運をもたらす福の神となったそうです。
医療が発達していなかったころ、人々に恐れられた病に天然痘(=疱瘡)がありました。天然痘ウイルスを病原体とする感染症の一つです。
非常に強い感染力を持ち、また致死率も高いことから、昔はこうした疫病が集落に入って来ないよう辻々に、あるいは各戸のあちこちにお呪いをしました。
赤は古くから悪霊祓い、疫病除けの御利益があると見なされてきた色ですが、一説によると猩々は酒を飲んで赤い顔になっているところから疱瘡除け・天然痘除けを願って描かれたといいます。
亀も一緒に酒を飲んでいます。日本には海亀が浜辺で産卵し海に帰るときに酒を飲ませて帰すという風習があります。これは亀がめでたい動物で、海の化身と考えていたことによるようです。
ところで、この壁に亀は何匹いるでしょうか?
そうです。左上の妻壁の外に子亀がいて6匹です。子亀は酒を飲めませんので、遠くへ遊びに行ってしまったのでしょうか。これを描いた左官職人さんのユーモアセンスに拍手です。
鏝絵が数多く残る大分県には、7例の猩々が残っているという調査がありますが、長野県内で猩々を見たのは、青木村の元造り酒屋に飾られていたものに次いで2体目です。
蔵は先々代が建てたもので150年以上前になるということですので、これらの鏝絵も描かれてからその年月を経ています。風雨にさらされながらも鏝絵の色が褪せていません。