安曇野に架かる橋(16)~かつて遡上する鮭が見られた白金橋

北アルプスの雪解け水が沢をつくり川となって流れ下ってきますが、平野部に出てからその姿を消してしまいます。砂礫層に吸い込まれるようにして、水の流れが消えてしまうのです。そして扇状地の先端部あたりで、こんこんと湧水となって再び姿を現します。

穂高から豊科地域にかけての湧水群では、日量70万㌧に及ぶといいます。湧水は、水道水やワサビ栽培、ニジマスの養殖あるいは精密機械などの製造工程など多方面で利用されます。

湧水の水は再び川を形成して流れを造るのですが、新たな川は万水川(よろずいがわ)と呼称されます。

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万水川は、満々と水を張り矢原、白金地区を流れます。近代彫刻の先駆者となった荻原禄山は、矢原に生まれ育ちました。禄山はこの万水川と、川べりから望む常念岳をこよなく愛しました。

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「己れ汝が辺りに草刈りつ、汝の清姿に面を洗ひつ、汝の辺りに蛍を追ひつ、汝の辺りに蛙を聞きつ、汝が辺りに月を楽しみつ」と、滞在したニューヨークから送った書簡の中で万水川に郷愁を寄せています。

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この万水川に「白金橋」が架かります。架けられた当初は土橋で、禄山の書簡は明治39(1906)年に記されていますので、禄山は土橋の白金橋を何度も渡ったことが伺えます。

明治38(1905)年に修復されています。現在の橋は、昭和48(1973)年に架け替えられたものです。         

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かつて、この万水川に産卵のために鮭が昇ってきたといいます。万水川は北へ数キロ流れた先で犀川と合流しますが鮭は日本海から信濃川(犀川)を遡上してきますので、鮭は子孫を残すためにはるばる300㌔㍍の長旅をして、源流の湧水まで帰ってきたことになります。

今は犀川のダムやコンクリート護岸で、まったく鮭の姿を見ることができないのはいうまでもありません。

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