鬼師が遺した飾り瓦 ~ 仙人も十人十色(長野市、佐久市、須坂市、上田市、東御市、安曇野市)

「仙人」と聞いて思い浮かぶのは、何でしょうか。人里離れた仙境で悠々自適に暮らす年老いた謎の人物? 不老不死のチョー長生きしたという得体のしれない人物?

仙人は道教の理想の人物で、人間界を離れて山中に住み不老不死の法を修め、神変自在の法術を体得した人達を指すのだそうです。

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その道に詳しい人の話によると、古来、仙人と称される人たちは、25人ほどいるそうです。日光東照宮の陽明門や曳山の装飾彫刻などに登場しますが、それぞれにエピソードがありそれに因んだ動物や楽器などを携えることが多いといいます。

実は屋根の上にも、仙人がいます。飾り瓦ですので陽明門や曳山のようにきらびやかな彩色は施されていませんが、その気になって探すと仙人とご対面できます。

まず長野市善光寺参道にある宿坊で見かけた琴高(きんこう)です。

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琴高は鯉乗り仙人ともいわれ、鯉に乗って描かれます。

中国戦国時代、趙の国の人ということで、200年余り諸国放浪をつづけた後、「龍の子を取って来る」と弟子たちに言い残して川の中に入り、約束の日に大きな鯉に乗って現れ感嘆させたといいます。

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こちらは佐久市茂田井で見ました。両腕が欠損していますがこの仙人は琴の名手だったといいますので、琴を手に携えていたのかもしれません。

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須坂市のまゆ蔵館に展示されている琴高仙人です。波の上を鯉に乗る姿で手の込んだ制作になっています。市内にあった繭蔵に上がっていたものを解体する時に取り外して保存展示しているものです。

銘が入っていませんのではっきりとは分かりませんが、須坂市には腕のいい鬼師が三州(愛知県高浜市)から技術指導に来ていますので、それら鬼師のだれかが作ったものと思われます。

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上田市国分寺の庫裡の近くの池の側に置かれているのは、かつて国分寺の小屋根に上がっていたものです。

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傷んだことから葺き替え時に降ろされ、今は余生(?)を池の畔で鯉に乗って過ごしています。

 

上田市武石で見かけた亀仙人あるいは亀乗り仙人こと黄安(こうあん)です。前漢・武帝時代(前156~前87)に登場した仙人だそうです。

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3尺もある亀に乗っており、その亀は3000年に1回しか首を出さなかったと言われています。黄安は5回水中から姿を現したのを人々に目撃されたといわれ、単純計算でも黄安は1万5千年生きたことになります。

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ある日、黄安は皇帝・武帝に呼ばれ、仙人の話をしましたが、武帝が亡くなった後は人知れず何処かへ消えたということです。

上の黄安は、東御市の寺院にいました。

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こちらは、善光寺宿坊の小屋根に琴高仙人と対で上がっていた亀仙人です。

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まゆ蔵館の琴高と並んで陳列されていた黄安です。亀の表情は厳しく、爪先や鱗まで丁寧に造り込んでいます。

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波まで意匠していてデザイン性でも優れているといえます。

これまでは同定できた仙人ですが、どうもよく分からないのが下の3体です。

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風貌は仙人風ですが、それでは誰かと言うことになると挿話と照らし合わせてもよく分かりません。

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いずれもしっかりとした技量をもった鬼師が制作しています。

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あなたならこの仙人、だれだと思われますか?

 

 

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