山犬のお返し~明科・中村

むかし、天狗山にはたくさんの山犬が棲んでいました。頂上の近くには、大きな松の木が何本もあり、太い根があちこちに張り出していました。

山犬は、この根を利用して穴を掘り、棲みかにしていたといいます。そのうち、仲間が増えだし松林や雑木林の中まで棲みつき、天気のよい日は遊びまわって遠吠えする声が里のほうまで聞こえてきて不気味だったそうです。   

ですから、中村から隣村へ通じる道は、山犬の棲みかの上を通っているところもありました。その上を歩いたときは「どんどん」と響くような音がしますが、山犬は人間を襲うようなことは決してありませんでした。

     Cimg5414                         (山犬が棲んでいたという天狗山方面)

ある時、吉兵衛が隣の村へ用事があって、この道を通りかかりました。すると、山犬がお産をしている最中に出くわせました。「こりゃ、えれえとこに出っくわしたな」と山犬を見ると、大きな口を開け目をむいてにらんでいます。

吉兵衛はこわくなって「丈夫な子をたんと産めよ。お七夜にはお祝いしてやるでな」といって、その場を通り抜けました。   

家に帰ってから、かみさんにそのことを話すと「そりゃ約束を果たさなけりゃ、この後はあそこを通れえんね(通れなくなるよ)。犬は魔物というだで」と、真剣な顔をしていいます。

吉兵衛も、つい口から出たこととはいえ、約束事は果たさなくちゃなんねえという気持ちになりました。それから七日目の夕方、かみさんに赤飯を重箱に詰めてもらい、天狗山まで出かけました。

           115(吉兵衛が、山犬にお産のお祝いに赤飯を詰めていった重箱は、こんな形だったかも…。=豊科郷土博物館蔵)

山犬の棲みかは、子犬のにぎやかな声がしていました。そばまで行くのは怖いので、穴の要り口に重箱を置き「さあ、約束のお祝いを持ってきたで」といって、あわてて逃げ帰りました。

そして、その翌朝のことです。「おまえさん、おまえさん。ちょっくら、ここへ来てみましょや」と、かみさんが呼びます。戸口へ行ってみると、昨日の重箱があり、中に小鳥が二羽入っていました。   

「おまえさん、どういうことだいね」「こりゃ、おどけたなあ(驚いたなあ)。犬がこんなお返しをしてくれるなんて」。せっかくのお返しなので小鳥の羽をむしり、料理して食べました。「うめえ小鳥だがどうやって捕っただいね」と、二人はそんなことを話し合い、久しぶりのごちそうに満足しました。

                            008               (山犬も含めた犬属の供養塔が明科・中川手の龍門寺に建っています) 

それからひと月ほどして、かみさんがまた呼びます。「おまえさん、こんだ(今度は)犬の子だわや」といいます。吉兵衛が戸口へ行ってみると、かわいい子犬が「クン、クン」といって、足元にじゃれついてきました。

「おう、あの山犬の子だで、こりゃ飼ってやらねばなるめえ」。かみさんは「おらの食うものも、ろくにねえっていうだに、こんな山犬の子を飼うだかい」といいます。「バカいうでねえ。飼わなけりゃ、天狗山の道をどうやって通るだ」というと「そういうこともあるねえ」と、かみさんも納得しました。   

その後、吉兵衛の家では、畑の作物もよくでき、商売もうまくいったといいます。   

                                                                           

      * 「あづみ野 明科の民話」(あづみ野児童文学会編)を参考にしました。   

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