Category Archives: 安曇野むかしばなし

加助墓のお守り~三郷・中萱

中萱(なかがや)に、そのむかし、松本藩の過酷な年貢の取りたてにあえぐ村人を救おうと起ちあがり、処刑された多田加助を祀った社があります。「貞享義民社」(じょうきょうぎみんしゃ)の銘が鳥居にかかっていますが、この社の裏手に加 … Continue reading

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六部塚~堀金・中堀

むかし、中堀のある家へ、夕方暗くなってから一人の六部が、よろよろとした足どりで訪ねてきました。 六部とは、お経の本と仏像を厨子(ずし)という二枚扉の堂の形をした箱に入れて肩に背負い、鐘をたたきながら家々を訪ね歩き、お経を … Continue reading

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上人さま~穂高・柏原

穂高・柏原に上人(しょうにん)さまと呼ばれる塚があります。この塚にまつわる話です。 ある年の春のはじめ、人びとが田起こしをしているころでした。粗末な衣を着た旅のお坊さんが野の道を歩いていました。草花を摘んでは草のつるで編 … Continue reading

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庵主さまとムジナ~明科・下押野

むかし、雲龍寺の隠居寺として建てられた青柳庵に、庵主(あんじゅ)さまという尼さんが一人で住んでいました。庵主さまは、村を托鉢(たくはつ)して、ひっそりと暮らしていました。 托鉢してまわる庵主さまの後ろ姿を見て、村の女衆の … Continue reading

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お玉柳~豊科・重柳

むかし、重柳(しげやなぎ)に百姓の万蔵ときよの夫婦が住んでいました。この夫婦には、お米、お玉という仲の良い姉妹がいました。 姉のお米は、家の中にいて食事を作ったり、針仕事をするのが好きで、おとなしい娘でした。妹のお玉は元 … Continue reading

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十一観音さまと彦太郎じい~三郷・住吉

住吉に住んでいた彦太郎は、若いころ、女房と子どもをはやり病で亡くしてしまいました。葬儀を終えてしばらくしてから、近くの人たちに「わしは二人の供養とこれからの幸せのために、暇を見て巡礼の旅にでたいと思う。わしのわがままを許 … Continue reading

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しゃごじさま~豊科・本村

むかし、村はずれに長七と娘のさよが、仲よく暮らしていました。その年は、水不足で米ができず、わずかな畑の作物に頼りながらの生活でした。 そんなある日、さよが熱を出して寝込んでしまいました。長七は、なんとかしてやりたいと思い … Continue reading

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目薬師さま~堀金・田尻

むかし、田尻の薬師堂には、薬師如来さまが祀られていて、願を掛けると目の病が治るということで遠くからも大勢の人がやってきたということです。         &nb … Continue reading

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赤ん坊を抱いたキツネ~明科・白牧

白牧の山奥から大口沢へ出る峠道は、木々がたいそう茂っていてうす暗く、夜通ると真っ暗なので、キツネに化かされるといわれていました。 むかし、この山里に平助が器量のいい女房と赤ん坊といっしょに住んでいました。平助は、ろくに働 … Continue reading

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庄野薬師~三郷・七日市場

七日市場の東を流れている庄野堰(しょうのせぎ)は、昔から大雨が降るときまって水量が増えました。堰を超えた水が田畑に流れ、激しいときは田畑の土を流してしまうこともありました。     &nbs … Continue reading

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