信州の鏝絵に見る左官職人の技-1   モルタル壁に描かれた洋風鏝絵(2)

前回、「モルタル壁に描かれた洋風鏝絵」について書きましたが、その続きです。

今回から、安曇野だけでなく信州各地で見ることができる鏝絵を紹介することにして、タイトルも「信州の鏝絵に見る左官職人の技」に変えました。

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鎖国を国是として海外の文化や情報が入って来なかった日本に、開国に踏み込んだ幕末、そして明治以降あふれんばかりの西欧新文化が到来しました。

建築様式の分野でも、それは同様でした。首都東京や主要都市に伝来したものは、やがて地方都市にも伝わりました。それらの建物はおしなべて「洋館」と呼称されました。

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洋式、洋風建造物の壁を飾るのに大きく寄与したのが、在来の左官職人の技でした。鏝を使って建て物にあわせて描いた装飾デザイン(鏝絵)を、今も見ることができます。

コメント、解説をできるだけ省きデータを中心にご紹介します。昔の左官職人さんのデザイン力、表現力、技術力をお楽しみください。

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大正15(1926)年に竣工した旧松岡医院。現在は一部改修してかわかみ建設設計室に。(松本市大手5丁目)

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明治29(1896)年創業の松本ホテル花月は、松本周辺のホテルの草分け的存在で、レトロ感漂うホテルです。(松本市大手4丁目)

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かつてテレビCMで「明治のハイカラ、大正ロマン」がただようホテルというキャッチフレーズを使っていたそうです。

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その玄関上の妻に…そのそそ松)本市 

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昭和元(1926)年に建設された松本下町会館(松本市大手4丁目)。

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この地域は上土(あげつち)といって、大正期には市役所や映画館などが建てられ松本で一番ハイカラな街区でした。

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その一角に大正ロマンの香りを今に残すシンボリックな建物。

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昭和初期に旧青柳化粧品店として建てられ、廃業後、市が買い取っています。

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老朽化に伴いファサード部分を改修、移築復元して保存しています。

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壁面は赤いスクラッチタイルと洋風鏝絵、実にマッチングしています。

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その一軒置いた隣りにある大正13(1924)年着工の白鳥写真館。(松本市大手4丁目)

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シンプル イズ ベストを如実に表現して光っていませんか。

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