舟になった子ギツネ~明科・中条

むかし、中条に親子のキツネが棲んでいました。子ギツネは娘盛りで、昨年の秋に母キツネと一緒に見た、真っ赤に色づいた柿の実の鮮やかな色が忘れられません。母キツネは「今年は、川霧がよく出たので、柿の実がきれいなのよ」と教えてくれました。

その時以来、娘の子ギツネは「柿の実のような、真っ赤なかんざしが欲しいな」と強く思うようになりました。そして、川を渡った「踏入(ふみいり=豊科)のお祭りのときなら、かんざしも売っているかもしれない」と思いつき、踏入のお祭りには必ず行ってみようと心に決めていました。

ようやくお祭りの日が来ました。子ギツネは人間の娘に化けて舟に乗り、お祭りの開かれているところに着きました。夜店を一軒ずつ隅から隅まで、目を皿にして真っ赤なかんざしを探しました。

          024_2                   (中条と踏入の間は現在、橋が掛かり両岸を結ぶ舟の姿は、もうありません)

そして、最後の店でやっと欲しかったかんざしを見つけました。子ギツネは、嬉しくて嬉しくてたまりません。でも、ずいぶん時間がかかってしまったと思い、急いでお金を払って走って舟着場に戻りました。「しまった」。中条へ向かう最終の舟は、祭りの帰り客をたくさん乗せて出た後で、犀川(さいがわ)をゆっくりと渡っていました。

子ギツネは舟着場のそばの柳の木の根元に横になりました。すると、急にお腹が空いてきました。体の力もぐんぐん抜けていきました。「これじゃあ、とても泳いで渡れないわ。仕方がないから、今夜はここに泊まろう」と思ったら、すぐに眠けが襲って来ました。

                                  073                       (疲れた子ギツネが眠り込んだヤナギはこんな大木だったのでしょうか)

「おいおい。こんなところで寝ていちゃ、風邪ひくよ」と起こす人がいました。うっすら目を開けると、中条の源六じいさんでした。「さては、帰りの舟に乗り遅れたな。ハッハッハッ。そういうわしもだ。ご馳走をいっぱいいただき過ぎてな」と、満月のようなお腹をさすりながら、源六じいさんは子ギツネの横に座りました。

「じゃが、お前は舟がなくても泳いでいけるな」「それがね、お腹が空いて泳いでいけないの」と子ギツネがいいました。源六じいさんは「かわいそうにな。ご馳走ならあるで、ばあさんの好きなタイだけは残しておいてくれ」といって、お祭りでいただいてきたご馳走を子ギツネはの目の前に広げました。

              250_2(子ギツネが欲しかった柿の実のような赤いカンザシは、こんな感じだったでしょうか?=堀金歴史民俗資料館蔵)

子ギツネは、見る間に鮭や卵焼き、たけのこなどを平らげてしまいました。「源六じいさん、ありがとう。おかげで元気になりました。お礼に源六じいさんと、この川を渡れるようにします」と子ギツネは、さっそく木の葉に化けました。「おい、おい。これじゃあ小さくて乗れないよ」。

子ギツネは、もう一度化け直し、こんどは舟のような大きな葉になりました。ばあさんの好きなタイを手に持って、じいさんは大きな葉に乗りました。子ギツネの葉の舟は波の上を上手に渡り、源六じいさんはいい気持ちで中条の舟着場につくことができました。

子ギツネは、もとの姿に戻りご馳走のお礼をいったあと、急いで母キツネの待っている巣へ帰って行きました。その頭には、祭りで買った真っ赤なかんざしが、月の光に輝いていました。

家に戻った源六じいさんは、ばあさんにお土産のタイを渡し、おいしそうに食べるばあさんの後ろで窓から川べりの方を見て「あの子は、もう寝たかな」と独り言をいいながら、いつまでもながめていました。

 

       * 『 明科の伝説 岩穴をほった竜 』(降幡徳雄著)を参考にしました。

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