小芹の目薬師さま~明科・小芹

むかし、小芹の薬師堂に、新しく庵主さまが、はるばる芸州(広島県)からやって来ました。この庵主さまはお薬師さまを熱心に信心する方でした。

毎日、お堂の近くにある池で身を清めてからお経を上げ、そのあと近在の村々へ出かけ、御仏の道を聞いてもらおうと訪ね歩きました。 

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                (小芹の山深くに無人の薬師堂がひっそりと佇んでいます)
   

でも、村の人たちは「庵主さまは遠くから来たっていうじゃねえかい。おら、よく分からねえだい」「よそものの言葉は、信用できねえ」などと言って、耳を傾けようとはしませんでした。

それでも庵主さまはなんとかして御仏の話を聞いてもらおうと家々を回りました。そうしているうちに庵主さまは、村の人たちの中に目の病気にかかっている人たちの多いことに気づきました。

     021(薬師堂から里までは、つづら折りの急な山道を往来しなければなりません。庵主さまは、毎日この道を行き来していたということなのでしょう)   

「おお、ほうよ(そうだ)、この目の病を一人でも治せましたら、きっと御仏の話も聞いてもらえるかいの」。やっと村の人に近づく術を見つけた思いです。そして、さっそく目を患っている人の家へ出かけました。

「仏さまにおすがりして、目の病を治してみよっては(みては)?きつとようなりますけえ(よくなりますよ)」とすすめましたが、「おらのこの目は、ずうっと前から医者に診てもらったり、お祈りもしてもらったが、ちっとも治らだんね。拝んで治るというもんじゃねえずら」と相手にしてくれません。どこの家に行っても同じように断られました。

           011   (お堂の近くに道祖神2体が風雪から守られるように安置されています)   

がっくり力を落とした庵主さまは、重い足取りでお堂へ帰らざるをえませんでした。途中、道端に座り込んでぼんやりと遠くの空を見ていました。そのとき、「くたびれた。ひと休みしずよ」という声がしました。

振り向くと、荷物を背負って両手にも袋をさげた娘がいました。「たくさんの荷物ですのう。大変じゃろ」と声をかけると、「いつもこんくらいな荷物はあたりめ(当たり前)だんね。今日は買い物の帰りせ。かんかん照りで暑くてね」といいます。その娘の目は、赤くはれたまぶたに黄色い目やにがいっぱいつき、開いているのがやっとのようです。

           018 (お堂の近くを流れる水も涸れ、目を洗った泉や身を清めた池の名残は見当たりません)
   

「目がお悪いようだが、御仏におすがりしてみてはどうじゃのう。一心にお願いすれば、きっとよくなるじゃろうて」と庵主さまが誘いかけると、「おらも、なんとかして治してえと思っているだが…。この病は治らねえって聞いたもんでね。でも、うちへけえって(帰って)、おっかさまと相談してみるわい」と、娘は答えました。そして、重い荷物を持って坂道を登って行きました。   

次の日、庵主さまがいつものように、お経をあげ終わると「庵主さま、いたかいね」と、戸口から昨日の娘が顔をだしました。「おっかさまに、庵主さまの話をしたら『まあ行ってみろや。ものは試しだ』って言われたもんできただわい。どうか、おたのもします」と、頭を下げました。庵主さまは、さっそく娘を清水の流れる泉へ連れていき、顔や手を洗い、口をすすがせました。   

それから板きれを見つけてきて、ノコギリやカンナで絵馬を作りました。絵馬の真ん中に「目」と大きく書き「おしず、十六歳」と、書き込みました。

           003(暗いお堂の中に、古く小さな神輿と、柱に2枚の絵馬が掛けられています。おしずの書いた絵馬なのでしょうか)

「さあ、おしずさん。これで用意ができました。あとは、あなたの心がお薬師さまに通じれば、きっと治りおるよ。そのため、これから七日七夜、一生懸命にお願いしょうかいの」と庵主さまは、お薬師さまのおられる須弥壇(しゅみだん)の前におしずを連れていき、一緒に座ってお経をあげ始めました。

こうしておしずは、朝夕、お勤めに来てはお祈りし、泉の水で目を洗って帰って行きました。 そして、泉の水で目を洗うたびに目やにが取れ、、赤くはれ上がったまぶたが、少しずつ治っていきました。

やがて、八日目の朝には、目のはれも治りました。泉に映った自分の目を見て、おしずはとても喜びました。

           006(お堂に隣接する物納庫に「大正14年8月新調」と読み取れる消防用具が無造作に置かれていました)

「庵主さまのおかげで。おらやっと自分の目を取り戻したわい。ありがとうございました」と、嬉しさのあまり、おしずは泣きだしました。庵主さまは、おしずの手をしっかりと握り「まあ、よかったの。おしずさんが、本当に熱心にお祈りしおったから、お薬師さまに真心が通じ、治してつかあさったの。これからもこの心を忘れず、御仏の信仰をお続けなされよ。本当によかったの…」と、自分のことのように喜びました。   

しばらくして、このうわさが口づてに広まり、目の病で困っている村の人たちが次々と薬師堂を訪れて、お祈りを重ねていくうちに目の病が良くなっていきました。

こうして、だれいうことなく薬師堂は「目薬師さま」と呼ばれるようになり、遠くからもたくさんの人たちが来るようになったということです。   

   

     * 「あづみ野 明科の民話」(あづみ野児童文学会編)を参考にしました。   

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