「恵比寿がいるなら、きっと…」と思って、ぐるり回ってみたところ、やはり大黒天がいました。
二つの米俵と打ち出の小槌、そして福袋を肩に掛け、微笑みの長者姿から分かるように、食物・財福を司る神として飾られているのでしょう。
大黒天は、もともとヒンドゥー教のシヴァ神の化身であるマハーカーラのことを指すそうです。
マハーカーラは戦闘の神(軍神)でもあって、戦いが起こった時、この神に戦勝を祈願したということで、このころは戦闘相手を打ち負かすということから憤怒の形相をしていました。
中国から密教の伝来とともに日本に伝わる過程で、財福面が強調され温和な福徳顔になったということです。
「だいこく」の読みが大国にも通じることから、出雲の「因幡(いなば)の白兎」神話にでてくる大国主尊(おおくにぬしのみこと)とも混同されたそうで、背負っている大きな福袋は、その名残りかも知れません。
瓦とは別になりますが、安曇野には、道祖神とともに大黒天と恵比寿を祀った石像・石碑も数多く残っています。
大黒天と恵比寿は、それぞれ七福神に名をつらねる個別の神ですが、一組で祀られるのが多くありますが、安曇野では大黒天が単独で信仰の対象として祀られていることが多いようです。
これは、大黒天が五穀豊穣の農業の神で、県下でも有数の農作物の生産地である安曇野は、田の神信仰が強かったことからかも知れません。